裏切りのサーモン

映画の話をするバイセクシャルの魚。

『高田馬場ジョージ』という最強のアイドルに狂わされた成人男性の話。

 

久々に狂わされてしまった。

思えば数日前。パートナーに勧められ、アニメ映画『KING OF PRISM by PrettyRhythm』を観たことが全ての始まりであった。

それを観て、私は泣いてしまったのだ。

◎概要

KING OF PRISM(以下キンプリ)は、タカラトミーアーケードゲームプリティーリズム』のテレビアニメから派生したアニメシリーズ。『プリティーリズム』は後継作品『プリパラ』『プリチャン』を経て、現在(2022年)は『プリマジ』がゲーム、アニメ共に人気を博している。また、一連の作品群は『プリティーシリーズ』と呼称されている。

プリティーシリーズ10th記念サイトhttps://www.takaratomy-arts.co.jp/specials/pretty10th/

プリマジ公式https://primagi.jp/

いわゆる"女児向け"のシリーズだが、キンプリは少し様子が違う。第一に、キラキラの衣装を着てステージに立ち、歌と踊りのパフォーマンスをしてみせるアイドルたち(キンプリ劇中では"プリズムスタ"と呼称されているが、当記事では便宜上"アイドル"と表記する。後にアイドル論にも触れるため)が、皆"男性"であること。第二に、彼らはパフォーマンス中(比喩表現とはいえ)観客に向かってキスをしたり、ハグをしたり、全裸になったり、全裸になってキスをしたりハグをしたりする。早い話が、他の『プリティーシリーズ』よりも、やや上の年齢層をターゲットにしているのだ。

当然、テレビアニメの放送日時も、他作品が土日の朝であることが多いのに対し、キンプリは平日の深夜であった。

キンプリ公式→https://kinpri.com/sp/

◎経緯

パートナーから「筋骨隆々の男性が、割れた腹筋から衝撃波を放ちスタジアムを爆破する作品だ」という、にわかには信じ難い話を聞き、私は映画の鑑賞を決断する。

結果、オバレが星座になったところで、私は泣いた。オバレに感情移入しすぎて、直後にシンくんが出てきた時ちょっとムカついた。

それから先はもう一瞬のこと。映画2作目『PRIDE the HERO』で地球が黄色かったことを確認し、流れるようにテレビシリーズ『Shiny Seven Stars』(以下SSS)の視聴を開始した。

そして迎えた第5話『THE シャッフル ジョージの唄』で、事件は起きる……。

高田馬場ジョージ

高田馬場ジョージ(たかだのばばじょーじ)は、主人公たちが所属するアイドル養成校『エーデルローズ』と敵対する組織『シュワルツローズ』に所属するアイドル。シュワルツの総帥・法月仁(のりづきじん)に気に入られ、The シャッフルというグループのリーダーを務めている。

その性格は軽薄そのもの。絶大な権力を誇る法月には媚びを売り、一方で、The シャッフルのメンバーたちには「誰のおかげで飯が食えているんだ」と偉ぶってばかり。女性関係の黒い噂も絶えず、プリズムショーでは(法月の指示によるものだが)インチキ上等のダーティーな戦法も辞さない。

声優・杉田智和氏のコミカルな演技も相まって、私はてっきり、コイツはギャグ枠の小物キャラなのだな……と、思い込んでいた。

正直言って印象はかなり薄く、後述する彼の"秘密"にも気付かないほどだったのだが……。

◎本編

冒頭。夜、そびえ立つシュワルツローズのタワー(東京でいちばん高いらしい)。総帥・法月仁がいつものように、自校のアイドルたちへ檄を飛ばしている。鞭を打ち、罵声を浴びせる法月。体調が悪いと釈明する生徒らを、容赦なく『奈落』へ突き落としていく。

以前から描かれていることだが、法月はどうも"男らしさ"に囚われた人物であるようだ。異常に高く目立つタワーを建て、権力を誇示し、強者・勝者であることに固執している。強い自分を維持する為に、誰にも弱みを見せられない。前作『PRIDE the HERO』では、敵対するエーデルローズの主宰・氷室聖から女性を奪い(ここには色々と込み入った事情があるようだ)勝利の証としていた。このように、悪い意味での"男らしさ"に囚われ、それによって苦しんでいるという、わかりやすく"呪われた男性"である。

法月は、自身の主催するプリズムショーの大会『PRISM.1(ぷりずむわん)』に出場するアイドルたちを発表する。当然、日頃からゴマをすっているジョージは内定。The シャッフルの面々も次々に出場を決め、最後に"補欠"として池袋エィス(いけぶくろえぃす)の名が呼ばれた。

エィス「クソッ……総帥の犬っころ、PRISM.1で地獄に落としてやる!」

ジョージを憎悪するエィス。一方のジョージは、最近狙っているグラビアアイドルからのメールが届き、鼻の下を伸ばしている。およそアイドルにあるまじき姿だ。

◎ジョージだからこそ

第5話の面白さは、このような"アイドルにあるまじき姿"が多く見られることにある。言わずもがな、キンプリは女性向けアイドルアニメである。物語の主人公たる『エーデルローズ』のアイドルたちは、決して女遊びなどしない。無論彼らとて常に完璧なアイドルという訳ではなく、観客には見えない所で、それぞれが人間らしい苦悩や葛藤を抱えているのだが。それでも『エーデルローズ(主役)』のアイドルとして"越えない一線"というものは、確実にある。

しかし我らがジョージは、その一線を越えてゆく。彼は『シュワルツローズ(敵役)』のアイドルなのだから。結果、他のエピソードでは絶対に見ることのできないジョージだからこそのストーリーが展開されていく。

OP映像にもジョージの姿はあるのだが、喋らないジョージは本当にかっこいい。黙っていれば最高のイケメンだ。一言も発さないジョージは、個性的な主役たちに比べると、やや没個性的かもしれない。派手な水色の髪が唯一、ジョージの外見を特徴付けている。顔立ちだけを見れば、実に理想的な(絵に描いたような)ハンサムがそこにいるのだ。

テレビ局の楽屋。The シャッフルの面々が雑談している。そこに主役アイドルたちのようなキラキラはなく、各々が好き勝手にゲームや生配信をしていた。本物のそれを見たことはないが、妙にリアリティのある場面だ。もちろんジョージもいつもの調子で、件のグラビアアイドルを電話で口説いている真っ最中。

よくやるね。写真撮られたら一発でアウトなのに

総帥が結構揉み消してるらしいよ

絶対にエーデルローズのアイドルたちはこんな会話をしない。

そして楽屋の外に一人。固そうなソファに腰掛け、焼肉弁当を頬張るエィス。ペットボトルのお茶を置く机もなく、ソファの上にちょこんと乗せているのが切ない。

エィス「俺がいなかったら、お前なんて…!」

ジョージへの不満は根深いようだ。そのジョージは、自身の弁当がないことに気付き憤慨。

「誰か二つ食ったろ! 誰のおかげで飯が食えると…」

ジョージとエィス、二人とも「俺がいなきゃお前(ら)は…」と同じことを言っているのが面白い。

ジョージのスマホにメッセージが届く。それはジョージを"のり君"と呼ぶ"ミヨ"なる女性からの連絡であった。驚くジョージ。

場面が変わって、エーデルローズ法月との過去を語る氷室。かつての法月は優しかったが、あるとき急に人が変わり、氷室を恨むようになったという。たぶん母親との間で何かがあったのだろう。

後日、東京駅。The シャッフルとエィスを引き連れ、東京に来た"ミヨ"を迎える"のり君"ことジョージ。なぜか『探偵物語』の松田優作の格好をしている。顔が良いので中々決まっている。方言話者のミヨは、のり君に久々に会えて嬉しいと語る。ジョージはミヨに「コイツらは舎弟だ」とThe シャッフルの面々を紹介する。ミヨは彼らの顔と名前を把握していたが、エィスのことだけは分からない。世間にほとんど認知されていないのだろう。そんなエィスのことを「靴裏のガム」「俺に憧れメジャーデビューを目指し、頑張っている」などと、無茶苦茶な説明をするジョージ。

エィス「俺は、お前の歌を…!」

と思わず"秘密"を暴露しそうになるエィスを、シャッフルのメンバーたちが止める。バラしたら総帥に消されるらしい。

スペシャルな東京を味わわせてやる」
岡山には無いもんが東京にはいっぱいあるんだJOY(たまに出る口癖)」

と張り切るジョージ。仲間たちに嫌味な態度を取るのはいつものことだが、この気合の入り方から、今日のジョージはいつもの軽薄なジョージとは何かが違うことを感じさせる。

そもそもの話、アイドル作品で"異性の幼馴染み"はタブーではないか。特にキンプリは、いわゆる「夢女子」への(露骨なまでの)サービスに特化したシリーズである。固有の名称・特定の外見を持ったヒロインを出し、メインキャラと深い関係を結ばせるなど、言語道断のはず。しかしエーデルがやらないことを、シュワルツはやる。ジョージならできるのだ!

東京タワーに登り、シュワルツローズのタワーを見せながら大声で自慢話をするジョージ。すると周囲の女性たちが大挙して押し寄せ、即席のサイン会が始まってしまう。人波に飲まれるミヨを、エィスが救出。まるで正統派アイドルのような、女性への優しさ。彼はエーデルローズに入った方が良いのでは?

エィス「いいの?放っておかれて」
ミヨ「うち、のり君が夢叶えられて嬉しいんよ」

ミヨの声に嘘は感じられない。

エィス「ねぇ、その"のり君"って…」

ミヨはエィスに"のり君"の過去を語り始める。

◎ジョージの過去①

XX年前、本川則之(もとかわのりゆき)はプリズムショーを愛する岡山の少年だった。メガネをかけ、体型は太り気味。意地悪な学友たちに"のりまき"と揶揄されている。助けてくれたミヨに、則之は切実な想いを語った。

「ぼく、この街嫌いじゃ。はよ東京に出たい」
「絶対、プリズムスタになるんじゃ」

自作の切り抜きノートを見せ"法月仁"という憧れのプリズムスタァのことを熱弁する則之。

完璧で正確で、汚ねぇ手を使っても必ず勝つ
「いつか東京に行って、仁に弟子入りするんじゃ!」

"のり君"の夢を応援するミヨ。ミヨに「すげぇプリズムショーを見せる」ことを約束する"のり君"。

その後、則之はダイエットに励み、体力作りに勤しみ、両親を説得し上京したという。頑張り屋の"のり君"をずっと間近で見てきたからこそ、ミヨは今でも心の底から「スタァになる」という彼の夢が叶ったことを嬉しく思っている。

……こんなんさ、好きになるしかないやん。

"のりまき"と揶揄された"のりくん"が憧れたのは、トップスタァ"のりづきじん"。

◎アイドルの容姿(ルックス)

高田馬場ジョージの、ある種"没個性的"とも形容される美しい容姿は、血の滲むような努力の積み重ねによって、後天的に作られたものだった。トップスタァに相応しい"理想的"なルックス。完璧で正確な、最高のイケメン(没個性的こそ理想的、という考え方もできるかもしれない)。

こんなん、推しますやん。推しました……。

アイドルにとって、ある意味で最も重要な"ルックス"に関する話が、これまで多くのアイドルアニメで無視されてきたように思う。エーデルローズの主役アイドルたちは、子供の頃から当たり前のように容姿端麗で、堂々とステージに立つ。無論、彼らにもそれぞれの苦悩や葛藤は絶えない。しかし、こと"ルッキズム"に関しては、そんな価値観など存在しないかのように扱われることが多かったのではないか。それは、私たちの社会に今も根強く残り、またアイドルという存在の根幹を成す価値観であるにも関わらず。

(ちなみに、女児向けの『プリマジ』では"甘瓜みるき"というキャラクターがルッキズムに触れており、私は彼女のことも推している)

◎呪いは受け継がれる

サイン会を終え、戻ってくるジョージ。「待たせてごめんくらい言えよ」というエィスの発言を無視し

「俺のスタァの証、見せてやるよ」

と言って、真っ赤なオープンカーを披露する。

車と腕時計にこだわる男性の気持ちが、私にはよくわからない。どうも、彼らはそれを"ステータスアイテム"と呼ぶらしい。

松田優作ルックを見た時から思っていたが、ジョージの"スタァ像"は昭和的だ。もっと言うと、保守的な男性的というか……。

彼の美学は"法月仁"によって形成されている。そこで"呪われた男性"の再生産が行われたのではないか。そう思えてならない。過去を語らなかったり、努力をひた隠しにしたりするのも、実に男性的(=法月仁的)だ。

あるいは地方コンプレックスを拗らせ過ぎた結果か。

エィス「お前いったい歳いくつだよ…」

冷静なツッコミが笑える。高校2年生の設定を無視し、ジョージは皆を乗せて高級車を飛ばす。得意げな笑みを浮かべながら。昭和的男性スタァとしての頂点の心地であろう。

"舎弟たち"に荷物持ちをさせてショッピングを楽しんだかと思えば、今度は握手会が始まった。またしても置いてけぼりを食らうミヨ。心配するエィス。

昼食にフレンチやイタリアンを提案するジョージ。しかし、ミヨが希望したのは昔ながらのラーメンだった。チャーシュー抜きモヤシマシマシを注文するジョージ。やはり体型維持にはストイックなのだろう。彼はスタァであることに関しては、とことん本気だ(あとエィスに弁当を盗まれていることが、体型維持に寄与している可能性もある)。

懐かしいと語るミヨ。

親父さんの葬式……出れなくて悪かったな」

詫びるジョージ。ミヨの父は、ジョージの活動を応援してくれていたらしい。

◎ジョージの過去②

X年前、ミヨの父が営むラーメン店に、疲労困憊の"のり君"が訪れる。髪は既に水色で、巨大なリーゼント。改造した制服を着こなし、見事な岡山ヤンキーに成長したようだ(声優繋がりで、某その血の運命を連想してはいけない)。

「昼飯、食いそびれただけじゃ…」

か細い声で300円のラーメンを注文するも、手持ちが足りない。ミヨ父の温情で、出世払いとなった。心配するミヨ。

のり「早く金貯めたいんじゃ…」
ミヨ父「父ちゃん、まだ反対しとるんか?」
のり「俺ァ、工場は継がん。絶対プリズムスタァになるんじゃ…」

少年期の発言を繰り返す則之。しかしそれは、仁に憧れ、新聞の切り抜きに目を輝かせていた"あの頃"の言葉とは、少し意味合いの異なるように聞こえた。

高校へ通いながらバイトに明け暮れていたのだろうか。昼食も摂らず、300円のラーメンすら頼めないほどに生活費を切り詰め、必死に金を貯めていた。東京へ行くための金を。

ミヨは先程「両親を説得し上京した」と言っていたが、事実と違うようだ。また、そんな恩人であるミヨ父の葬式にも顔を出さなかったジョージ。忙しかったのだろう。どうしても外せない仕事があったのかもしれない。仁に気に入られる為、やむを得ず……。

でも、もしかすると、帰りたくなかったのではないか? 大嫌いな岡山に……。

「美味しい!ほんまにお父ちゃんのラーメンに似とる!」

「だろ?」

ミヨは父の味に似たラーメンを求め、ジョージがこの店を紹介した。つまりジョージは上京した後も、あのラーメンと似た味を求めて東京中のラーメン店を食べ歩いたのではないか。体型維持にストイックなジョージが。

◎"のり君"をジョージに変えたもの

ミヨは、昔"のり君"が刺繍してくれたというハンカチを差し出す。

「えっ、裁縫できるの?」

The シャッフルのフェミニン担当"御徒町ツルギ"が驚く。"のり君"が糸工場の息子であることを皆に話すミヨ。黙り込むジョージ。

「あっ、そうじゃ。うちが東京行くって言ったら、のり君のお父さんがな……」
「やめろよ」

「どうせ岡山に戻って来いとか、そんなことだろ!」

激昂するジョージ。父への憎悪。あるいは、裁縫という"女っぽい"特技をバラされたことに、彼の"男らしさ"が拒絶反応を示したのか。

「ふざけんじゃねぇ!俺は東京で、立派にスタァとしてやってんだ!」

「のり君のお父さんが、そんなことほんまに言うと思っとん!?」
「こんなことで気持ちが揺れたんじゃとしたら、迷っとんはのり君の方じゃ!」

「その! "のり君"っての、やめてくれよ……!」

店を出るジョージ。

やはり、両親を"説得して"上京した訳ではなかったようだ。学校へ通いながら金を貯め、半分家出・半分勘当くらいの勢いで飛び出したのだろう。成功した今も連絡を取ることはなく、ジョージはわだかまりを抱え、苦しみ続けている。

夢を、努力を認めてくれなかった父。学生時代の苦労。少年期の屈辱。それらが渾然一体となって、ジョージの心に岡山という悪魔を作り出した。ミヨにスタァとなった自分を、つまり東京を見せることで悪魔を追い払おうとしたが、敵わず。悪魔の使者と化したミヨの前から、ジョージは逃げ出した。

本川則之高田馬場ジョージに変えたもの。それは岡山という悪魔からの逃避と、幼き日に浴びたスタァの煌めき

少年期は後者が重く、学生時代は前者が重い。この変化が、彼を"のり君"でないものに変えてしまったのだろうか。

ひとりぼっちで真っ赤なオープンカーに乗り、グラビアアイドルに電話をかけるスタァ高田馬場ジョージ。

「ほーんと、ほんとだってぇ〜♪ 愛してる〜ん♪ ほんとだってぇ〜ハハハッ……」

「はぁ……」

「くだらねぇッ……!」

法月仁に憧れ、彼のようなスタァになるべく、やれることはなんでもやった。岡山に呪われた弱い"のり君"ではなく、東京を闊歩する強い"ジョージ"になるんだ。誰よりも強い"法月仁"のように。

ジョージは見事に上り詰めた。学生時代、命を削ってまで欲しかったスタァの玉座。その景色。

そこにあるものは、心底くだらない、空虚なものだけだった。夢を叶えれば呪いが解け、"幸せ"になれるはず。そう信じていたのに。その"幸せ"は今、彼の魂を削り続けている。

ただひとり

スタァの玉座

腰掛けて

震えるジョージ

裸の王よ

◎英題

キンプリSSSには毎回、英語のサブタイトルが付く。それは大抵の場合、CMに入るタイミングで明かされるのだが、今回はジョージが「くだらねぇ」と吐いた、この絶望的な場面で発表された。

Fatal? Attraction

87年に公開されたアメリカ映画『Fatal Attraction』。邦題は『危険な情事』。なるほど確かにジョージはいま危険である。

◎秘密

エィス「あいつは、東京に来て変わったんだよ。岡山のこと、もう忘れてる」

法月仁も、高田馬場ジョージも、変わってしまった男なのだなぁ。

立ち去ろうとするミヨ。その腕を掴むエィス。

「もうあんなやつ放っとけよ……!」
高田馬場ジョージは紛い物のスタァなんだよ!」
俺がPRISM.1で歌わなければ、岡山に帰ることになるはず!」

そう、これが高田馬場ジョージ秘密

彼は"口パクアイドル"なのだ。

実際に歌っていたのは、舞台袖の池袋エィス

ジョージという名前も、容姿も、歌声も、その全てが作られたものだった。自らの努力によって、あるいは他人から与えられて。ジョージは作られたアイドル、すなわち偶像だったのだ。

「わかっとったよ。あれ、エィスさんの声じゃったんじゃな」

ミヨはそれを承知の上で、"のり君"のを、スタァ・高田馬場ジョージを応援していた。

そこへ、高級車に乗ったスタァが現れる。

「のり君……」

「行きなよ」

ミヨの背中を押すエィス。彼の感情は、正直よくわからない。腕を掴み、壁ドンをし、秘密を打ち明ける。まるでミヨを狙っているかのようだ。本当なら自分が座っていたはずの、スタァの玉座。その煌めきを奪ったジョージへの報復と、自分こそが真のスタァであるという証明。そのために、ジョージからミヨを奪おうとしたのではないか。エィスもまたシュワルツローズのアイドル。法月仁を受け継ぐ者。

しかし、秘密を知ってもなお、ミヨの心は"のり君"と共にあった。エィスは負けたのだ。いや、勝負の土台にすら立てていなかった。

「ありがとう! でもな……やっぱり"のり君"は、うちのスタァなんよ!」

ミヨを乗せて走り去るスタァ。
路地裏で項垂れる、スタァになれなかった男。

「そうだよな……スタァっていうのは、このタイミングで登場できる男のことを言うんだよ」

池袋エィスの身長は162cm。彼の年齢は明らかにされていないが、高校生くらいだろう。日本の高校生男子平均や、作中の同年代アイドルたちのそれと比べても、低い方であることは間違いない。個人の努力ではどうしようもない性質でありながら、アイドルという職業において、それは致命的な欠陥となり得る。無論、彼と同じかそれより低い身長で、立派にスタァの煌めきを体現しているアイドルたちも、エーデルローズには少なからず存在している。しかし完璧・絶対の勝利を求めるシュワルツにおいて、エィスの小ささは、スタァの玉座に腰掛けることを許されないものであった。ちなみにジョージの身長は175cmである。

◎夢の先へ

車内。ジョージはミヨに語る。

「俺はあの頃に戻らない。俺はもうダサい"のりまき"じゃない! 高田馬場ジョージだ!」

空虚なものと知りながら、スタァの称号を振りかざすジョージ。岡山から来た悪魔の使者・ミヨと再び対峙する。今度こそ、自分の中の悪魔と決別するために。そして、スタァの証を手にするために。

「お前……なんで東京に来たんじゃ」

ここで初めて岡山弁が出る。

「お前がその気なら、こっちで面倒みてもいいんだぞ」

まさにスタァだ。いかにも松田優作が言いそうなことだ。そういえば、松田優作遊郭の一角で生まれ育ったことや、韓国国籍であったことを悩んでいたという。製作陣はルーツへの苦悩という点で、松田優作高田馬場ジョージを重ねている……のかもしれない。さすがにこれは邪推が過ぎるか。

ジョージは、ミヨを欲した。それは岡山という呪いを打ち払い、東京のスタァとして成り上がったことの証明。トロフィーワイフだ。法月仁の考えそうなことである。呪われた男性、ここに極まれり。

口づけを迫るジョージ。

「うち、結婚するんよ」

……皆さんはこれを、どう思われるだろうか?

ではないか? 婚約指輪なども付けていないし……

ミヨの面倒をみる。それはジョージがスタァでなくなることを意味しているのかもしれない。そのことにジョージが自覚的かどうかはわからない。彼自身は、既に夢を叶え終わったと思っている。プリズムスタァになるという夢。その夢を叶えた証として、ひとりの女を手に入れる。それでジョージは完成してしまう。言い換えれば、終わってしまう。岡山から逃げ、スタァからも逃げて、ミヨと共に生きる。めでたしめでたし。御伽噺はこれでおしまいだ。

一方のミヨは、それを望んでいない。"のり君"はうちのスタァなのだ。スタァであり続けてほしい。たった一人の愛する女の為に生きるのではなく、大勢のファンに愛され、街に出れば握手会を開き、ステージに立てば最高のパフォーマンスを披露する。そんな夢を、叶え続けていてほしいのだ。

ここに、二人の""に対する認識の齟齬がある。

◎The Show Must Go On

PRISM.1』当日。楽屋で項垂れるジョージを、メンバーたちが心配している。

「俺に気安く話しかけんじゃねぇよ!」

結局、魂を削る空虚な玉座に、しがみつくしかないのか。

「ミヨちゃん、見に来てるんだろ?」

愚かなジョージを煽るように、エィスは次のことを宣言する。

お前が出ないなら、俺が出る

ステージに向かおうとするエィス。

「おい補欠!」

エィスを呼び止めるジョージ。

「俺を誰だと思ってる」

ジョージもまた、高らかに宣言してみせる。

「俺はThe シャッフルのリーダー、高田馬場ジョージだ!」

音楽が鳴り始め、プリズムショーの幕が開く。ジョージはステージに立たなければならない。強い男であるために、ファンの声に応えるために、ミヨとの約束「プリズムショーを見せる」を果たすために。

そんなジョージのプロ意識と、ミヨの想いに絆されたのか、不本意ながらもマイクを握るエィス。

◎最弱でも最強!

ジョージのショーが始まった。しかし、曲が流れても歌が聴こえてこない。『奈落』に落とされたシュワルツローズのアイドルたちが、ジョージを陥れるべく、エィスのマイクのコードを抜いたのだ。

「つまんねぇ小細工してんじゃねぇよ!」

怒るエィス。

「奴が消えれば、お前はステージに上がれるんだぞ!」

彼らの発言はもっともだ。エィスもそれを望んでいたはず。しかし。

「ジョージの姿を見てみろよ! どんなトラブルが起こっても、全く動じることなく、笑顔で完璧にステージをこなし……俺の声を待っている!

それはまるで、在りし日の法月仁

完璧で、正確で、汚い手を使っても必ず勝つ

ジョージもエィスも、仁の精神を受け継いでいる。二人の心は、仁を介して繋がっている。エーデルローズのアイドルたちが披露する、"自己実現"や"自己表現"を重視したショーではなく、シュワルツローズの勝利のため、目の前の観客を楽しませることに重きを置いたショーを。そこに"真実"は必要だろうか?

お前が出ないなら、俺が出る」。その一言で、ジョージはエィスを信じた。空虚な玉座に腰掛ける、孤独なスタァ・高田馬場ジョージ。補欠の発言に、生意気な……と反発するも、その言葉から「お前は一人じゃない」というメッセージを受け取ったのではないか。そう、ジョージが受け入れるのを拒んでいただけで、元々高田馬場ジョージ』は一人じゃない。孤独なスタァなどではないのだ。玉座には、二人で座ればいい。ジョージはエィスを、対等の存在・同じ仁の精神を受け継ぐ者として認めたのだ。シュワルツローズのアイドルならば、個人の感情を優先して、観客へのパフォーマンスを蔑ろにし、ファンを(そしてミヨを)悲しませるようなことはしないはず。だから信じて、待ち続けた。

エィスを認め、受け入れること。それは自分が一人ではステージに立つことすらできない、"弱い存在"であると認めることに他ならない。"男らしさ"に呪われたジョージにとって、それは耐え難い苦痛であるはず。普段からエィスに対する当たりがキツいのは、そういう感情の表れだろう。しかしジョージは今、エィスを受け入れた。エィスもまた、その想いに応えようとする。

ショーは初めからやり直しに。法月仁が見つめる中、真の『高田馬場ジョージ』のプリズムショーが始まる。暗いステージ裏で、一人マイクを握るエィス。ステージ上で一人、明るいスポットライトを浴びるジョージ

「ねぇ〜そこの君? 高田馬場で、俺とジョージ(情事)しない?」

ジョージの語りから、曲が始まる。タイトルは『JOKER KISS!』。完璧な容姿、完璧な歌唱、完璧なパフォーマンス。最強のアイドル『高田馬場ジョージ』が観客の眼前に、確かに存在していた。

プリズムショーでは、プリズムジャンプという必殺技みたいなものを何回出せるかが勝負の決め手となる。4回連続で飛べたら大したものだ。

1回、2回と飛び、観客を魅了するジョージ。

3回目、影から飛び出した『もう一人のジョージ』が、華麗なジャンプを披露した。

そして4回目、『二人のジョージ』がプリズムジャンプを魅せる。

「「お前と一緒なら、最弱でも最強! 可能性は無限大! ワンペア・ラブ!!」」

高田馬場=ババ=ジョーカー。エィス=エース。ポーカーにおいて、ワンペア最弱の手である。しかしエースは最強のカードで、ジョーカーはそのエースを含めたどんなカードにも成り代わることができる。ジョーカーとエースは、ワンペアの中で最強の組み合わせだ。

法月仁の呪い、すなわち"男らしさ"に囚われ、"弱さ"から目を背け続けてきたジョージ。しかし今、自らの"弱さ"であるエィスを受け入れることで、二人は一つとなり、最強のアイドルが爆誕した。弱さを強さに変えたのだ。

◎讃美歌

高田馬場ジョージ』はトップの得点を叩き出す。二人がかりで実質5回飛んでいるのでズルい。口パクの時点でズルい。しかし、誰よりも観客を楽しませたことは揺るがない事実。

ミヨとの約束を果たしたジョージは、ステージ上で「ありがとーう!みんなのおかげでーす!」と叫ぶ。みんなのスタァ、みんなのアイドルだ。

岡山。古い家屋。老夫婦がテレビに映るジョージを観て、涙を流している。テレビ台には、録画した番組をダビングしたであろう、ディスクケースが大量にある。ミヨの言う通り、ジョージは両親を"説得"できていたのかもしれない。彼自身の知らぬ所で。

ステージ裏。倒れるエィス。3回のジャンプを平然と飛んだジョージに対し、2回でバテてしまっている。やはりスタァの器ではないのか……。

そこへ現れる法月仁。エィスに背を向け

「貴様を今日からThe シャッフルのリーダーに任命する。しかしこれまでの仕事は続けること」

と伝える。

ショーを終え、早速、総帥に媚びるジョージ。

「ジョージ、お前は今日からソロでやれ」

またしても背を向けたまま、平坦な口調で告げる法月。"男らしさ"に呪われた男。温情をかけるとき、その顔を他人に見られてはならないのだ。

エィスを褒め称えるThe シャッフルのメンバーたち。

「コラ〜! The シャッフルの"初代リーダー"は、この高田馬場ジョージだJOY!」

いつものように威張るジョージ。しかし、その言葉は遠回しに"二代目リーダー"を認めているかのようだ。笑い合うThe シャッフル。こうして物語は終わる……。

今回のエンディングテーマは『高田馬場ジョージGS(ゴーストシンガー)』による、TRFの楽曲『JOY』のカバーだ。則之とミヨの過去を中心に構成された映像が涙腺を刺激する。『JOY』はさながら、弱さを受け入れ強くなったジョージへの"讃美歌"のように鳴り響く。

◎まとめ

◎アイドルという偶像

高田馬場ジョージ』は"偶像"である。彼の名前も、容姿も、歌声も、全てが作られたもの。というか、そもそもアニメでありフィクションだ。現実ではない。

しかし、現実に生きるアイドルたちもまた、現実(人間)とフィクション(偶像)の狭間に存在している。彼らだって昔は太ってたかもしれないし、口パクかもしれない。そしてファンたちは、そのことに薄々気付いていたりする。目の前の推しに熱狂しながら、頭の片隅で考えたことはないだろうか。これは嘘なのでは? と。

今回のジョージのライブシーンをよく観てみると、口の動きと歌唱がリンクしていない箇所が、ほんの少しだけあることに気付く。意図的な演出だろう。彼は口パクなのだから、当然といえば当然なのだが。きっと、作中世界にはミヨの他にも、ジョージの秘密に気付いているファンは少なからず存在することと思う。

アイドルは嘘である。では、嘘はいけないのか?

この問いに、キンプリは「嘘だからこそ美しいのだ」と答える。高田馬場ジョージという"敵キャラ"を主役にすることで、アイドルを語る際に避けては通れない(でもタブー視されてきた)アイドルの"偶像性"に触れ、さらにそこから「偶像であるからこそ最高」という肯定的な結論まで導き出した。

ミヨはジョージの秘密を知った上で、それでも応援している。私も同じだ。ジョージとエィスの嘘を愛し、彼らのことを推している。彼らは"嘘をついてまで"私たちを楽しませようとしてくれているし、嘘で固められたスタァ『高田馬場ジョージ』は最高のアイドルだ。アイドルという"偶像"は、"偶像"であるからこそ美しいのだ。

◎"男らしさ"からの解放

法月仁の"呪い"を受け継いだジョージ。彼は自分の弱さを受け入れることで、孤独の苦しみから解放され、最弱でも最強になった。彼らは不完全であったからこそ、単なる法月仁の"再生産"にならなかった。弱いからこそ、強くなれたのだ。これは先の「偶像であるからこそ最高」とも繋がって、今作のメッセージ性を深めている。

◎キンプリの視点、ジョージだけの物語。

キンプリの凄いところは、アイドルという行為・存在を俯瞰している点にある。単にキラキラした、観客を楽しませて消費されるだけの存在ではない。彼らは生きた人間なのだ。生きた人間であることと、アイドル(偶像)であることは、特に反目する。

アイドルたちはそれぞれに悩みを抱え、パフォーマンスを通じて自己実現を果たし、成長していく。ジョージも例に漏れず、自己実現を果たしてはいるのだが……彼の場合、他の(エーデルローズの)アイドルたちよりもずっと"生きた人間である"ことの重みが大きく描かれている。主役ではない、敵役のジョージだからこその、ジョージだけの物語が描かれているのが第5話だ。

◎結論

キンプリSSS第5話『ジョージの唄』は、「"男らしさ"からの解放」「アイドルという偶像の肯定」といったテーマを、「敵キャラで口パクアイドルのジョージ」を使ったストーリーテリングで、見事に描いてみせている。奇跡的な完成度と言っていいだろう。そりゃ推しますわ!

 

※あとがき

ブログ公開後、「プリズムショーを鑑賞中のミヨちゃんの隣にいる男性が夫なのでは?」との指摘を頂き、己の不明を恥じるばかりJOY……。